コロナ禍後、クレジット市場は大きな変化を遂げています。ベース金利が上昇し、プライベート市場が活発化する一方で、マクロ経済と地政学上の見通しには不透明感が残り、機関投資家の期待は大きく変化しました。
今では、機関投資家の95%近くがプライベート・クレジットを保有しています。プライベート・クレジット投資のペースに衰えの兆しは見えません。同時に、NuveenのEQuilibrium調査によれば、投資家はパブリック債券市場にも再び投資し始めているようです。
クレジット市場では、パブリックとプライベートの垣根はなくなりつつあり、洗練された投資家はもはやこれらの市場を分けて個別に評価しなくなっています。
この変化は、もっと深い構造的な変化を反映したものです。この25年間、企業融資の貸し手は銀行からノンバンクやプライベート・レンダーへと着実に変化してきました。規制改革や資本の制約によってこのトレンドは加速し、パブリックとプライベート双方のクレジット市場全体で構造的革新が進んでいます。こうした新たな環境で成功するには、クレジット市場の参加者はそれまでの伝統的な枠組みにとらわれず、包括的かつ俊敏なアプローチをもってあらゆる機会を検討する必要があるでしょう。
機関投資家のポートフォリオにおけるパブリック・クレジットの構造的な役割を再構築
パブリック・クレジット市場は長年にわたってプライベート市場の影に隠れ、日の目を見ませんでしたが、近年になって需要が再び高まっています。利回りが上昇し、市場の歪みによる投資機会が増える中、投資家たちは流動性、柔軟性、そしてアクティブ運用の価値を再発見しています。
パブリック・クレジットの利回りは2022-23年のインフレ急騰とそれに続く米連邦準備制度理事会(FRB)ならびに欧州、英国、日本の中央銀行による利上げを受けて長期平均を大幅に上回る水準に再設定されました。2025年3月末時点で、Bloomberg U.S. Aggregate Indexの最低利回りは4.6%で、低水準だった2010-2019年の平均値2.5%を大幅に上回りました1。さらに2025年1月には日本銀行が利上げを行い、金利は17年ぶりの高水準となりました2。
こうした再調整により、パブリック・クレジットへの関心が再び高まっています。昨年のEQuilibrium調査では、回答した投資家の半分近くが、今後2年間でパブリック債券の配分を増やす予定だと回答しました。これまで利回りをプライベート・クレジットに頼っていた投資家が、パブリック市場でも流動性と透明性の利点に加え、良好なインカムゲインを生み出すことができることを認め始めています。パブリック・クレジットは再び、リターンの可能性を犠牲にすることなく債券アロケーションを再構築したい機関投資家にとって魅力的な選択肢となっています。
同時に、発行体、銀行、資産運用会社は、パブリック・クレジットとプライベート・クレジットを区別することなく取り扱い始めています。最善の執行を望む発行体はしばしば、パブリックとプライベート双方の可能性を模索します(このトピックについては、「統一された枠組みの中で俊敏に執行」セクションで詳しく述べます)。資産運用会社はチームを再編成して、今まで以上に広い視点からこれらの市場の投資機会を評価しようとしています。こうした変化が新たな考え方を生み出し、投資家はそれまでのラベルにとらわれることなく、価値とポートフォリオへの適合性に基づいてエクスポージャーを評価するようになっています。
オープンなプランでクレジット・ポートフォリオを構築
投資家の間では、クレジット市場に対して今まで以上に柔軟なアプローチが広がっており、レラティブ・バリューやより高いリスク調整後リターンを求めてさまざまな資産セクターや流動性プロファイルへのアロケーションがみられるようになりました。
機関投資家は、今ではデュレーション、信用格付け、国、セクター以外にもクレジット・エクスポージャーを分散できるようになっています。それには、流動資産と非流動資産のバランスをとる流動性管理改善、固定金利と変動金利のエクスポージャーをミックスしたマクロリスクのヘッジ、そして、BSL(広範に組成・販売されるシンジケートローン)やローン担保証券(CLO)、ダイレクト・レンディング、投資適格プライベート債など、クレジットの仕組みをレラティブ・バリューと取引執行に基づいて選別することなどが含まれます。図表3では、有担保シニア・ローンとアセット・ベースド・レンディング(ABL)のエクスポージャーを提供するいくつかの選択肢を示します。
こうしたオープンな考え方は、クレジット市場の他のセグメントにも拡大しています。一時はオルタナティブ・クレジット市場のニッチな一角を占めていた投資適格私募債ですが、今ではクレジット市場における存在感を強めており、利回りプレミアムの可能性とカスタマイゼーション、コベナンツによる保護などを投資家に提供します。プライベート・デットは今ではオルタナティブ・クレジット市場で約2兆ドルを占めるまでに至りました3。そうした規模の拡大は、パブリック・プライベートの垣根が取り払われつつあることを物語っています。こうした機会を原動力とする一つのまとまった巨大なクレジット・エコシステムが出来上がりつつあるのです。
プライベート・クレジット市場はとてもダイナミックで、そこではダイレクト・レンディング、バランスシート融資、ディストレス債、カスタム金融など、さまざまな選択肢の中から投資家にとってちょうど良い投資機会がみつかるのが魅力です。”
クレジット提供方法が変化
仕組み商品にどのような器(ラッパー)を使うのか、という点から流動性の条件、資本の配分や規模拡大まで、クレジット投資の仕組みは今も進化が続いています。効率性の向上と投資実施の迅速化、クライアントのニーズの変化に合わせたクレジット戦略の調整など、構造的な革新を歓迎しているのは投資家も運用会社も同じです。
規制環境の変化が機関投資家のクレジット投資を大きく変えています。バーゼルIII最終化(最終化の実施を図る規則案)、ソルベンシーII、その他の枠組みによって多くの銀行と保険会社はエクスポージャー、特に流動性に欠け、低格付けまたは長期のエクスポージャーを再評価するようになっています。それに対応して資産運用会社は、資本効率のよい投資構造を設計し、機関投資家の顧客が魅力的なクレジット市場のセグメントへのエクスポージャーを維持する一方で規制に最適な方法で対処できるようにしています。これらには例えば、格付付きノート・フィーダーや、信用保護付きラッパー、セミ・リキッドファンドなどがあります。
英国版ソルベンシー規則によるマッチング規制が緩和され、特に米国市場においてこれまでコール(繰り上げ償還)の可能性の問題で手を出せなかったプライベート・クレジット分野でも新たな投資機会がみつかるようになりました。”
革新的なイノベーションの例としては、資本効率の要件を満たす一方で大規模投資を行うという多くの機関投資家のニーズに応える仕組み金融ビークルの利用が増えている点が挙げられます。最近の取引例では、考えを同じくする保険会社によるコンソーシアムが商業用不動産評価クリーンエネルギー(C-PACE)投資で10億ドル以上を調達しました。C-PACEとは、米国で商業ビルのサステナビリティとレジリエンシーを支援する金融アプローチです。
また、より幅広い機関投資家に向けて、柔軟性と利回り、流動性ニーズを1つの枠組みの中で満たすような新たな投資商品も開発されています。パブリック・トゥ・プライベート型のラッパー構造では、流動資産に資金を最初から投入でき、その後非流動性資産に徐々に移すことで、キャッシュ・ドラッグを軽減できます。インターバル・ファンドや非上場BDC(企業向け融資を行うクローズド・エンド型ファンド)などのセミ・リキッド構造は、プライベート・クレジットへのアクセスを提供する一方で、四半期ごとに流動機会を提供します。CLOのETFは、アクティブ運用のBSL(広範に組成・販売されるシンジケートローン)証券化ポートフォリオへのエクスポージャーを提供する、流動性のある商品です。これらは、リターン目標とガバナンスのニーズのバランスがとれた魅力的なツールであることが明らかになりつつあります。
投資手段の設計方法も、税効率とカスタム化を支援するために進化しています。エバーグリーンファンドから共同投資スリーブ、複雑なハイブリッドまで、投資運用会社は顧客ニーズにあったソリューションを提供しています。
システムが高度化し、革新が進むにつれて、新たな構造が出現し、平均的な機関投資家もニッチなクレジット分野に投資して規制要件を満たすことができるようになっています。そうした革新は今後も加速するでしょう。”
統一された枠組みの中で俊敏に執行
今日のクレジット市場で機会を掴むために、クレジット・エコシステムの市場参加者は組織構造を見直して戦術的な対応力を高めようとしています。
パブリック市場とプライベート市場の収斂は、オリジネーションや資産配分、ポートフォリオ構築まで、その仕組と業務に幅広く影響してきました。パブリックとプライベートの垣根が曖昧になり、さまざまな影響を受けた発行体、銀行、アロケーター、投資家はそれぞれ、新たな環境に適応するために業務と目標を調整しています。
• デュアルトラック型の発行: 発行体は今では日常的にパブリックとプライベート市場双方での執行を模索しています。このデュアルトラック型アプローチは特に、アセットバック証券(ABS)で目にするようになりました。機関投資家は、かつてはパブリック市場での証券化が支配的だった分散担保のプールを確保、交渉し、保有するようになっています。自動車ローンの債権を証券化したSantander Drive Auto Receivables Trust 2024-2がそのよい例でしょう。サンタンデール銀行は、公募と私募のトランシェを組み合わせて総額約15億ドルの証券を発行しました。
• 運用会社と銀行間の連携: 銀行のローン・オリジネーションへのアクセスを増やすため、例えばドイツ銀行とDWSとの間での長期取り決めにみられるように、プライベート・クレジット・マネージャーとの合弁を設立する銀行が増えています。並行して、銀行は有担保金融をプライベート・レンダーに提供し、一定規模のプライベート・クレジット・プラットフォーム用に安定したコスト効率の高いレバレッジ手段を提供します。
• プラットフォームの異なる資産運用会社間の連携: キャピタル・グループとKKR、またはステート・ストリートとカーライルとの間でみられたようなパートナーシップは、パプリック市場とプライベート市場それぞれのスペシャリストの間における大規模な協働が増加傾向にあることを浮き彫りにしています。こうした関係は、分配金を増やし、リサーチ能力とマルチアセットの取引執行能力を高めることを目的とするものです。
• マルチアセットのクレジット・マンデート: 資産運用会社がパブリックとプライベート双方の市場に配分できるマルチアセットのクレジット・マンデートが普及しつつあります。例えば、米国のインターバル・ファンドは、パブリックおよびプライベートのマルチアセット・クレジット投資としては最も一般的なものですが、この10年、年率約40%のペースで成長を続け、今では1,000億ドルを超える市場規模となっています4。これらの構造では、資産運用会社は、ハイ・イールド債、シニア・ローン、新興国市場債、証券化クレジットなど幅広い商品の中から、流動性の比較的低いかつ魅力的な投資機会が生じれば、確信度の高い見解を戦術的に配分できる能力と組み合わせ、相対価値に基づいて動的にアロケーションを行うことが可能です。
パブリックとプライベート市場間を行き来できる柔軟性が高まっていることで、資産運用会社やアセット・オーナーの組織も変化が促されています。
• 組織再編: クレジット市場が収斂するにつれ、多くの資産運用会社は人材登用方法や投資チームの組織を再考し始めています。伝統的な境界を超えた取引が出てきた場合にすぐに対応できるように、パブリック・クレジットとプライベート・クレジットのチームが今まで以上に頻繁に協働するようになったり、場合によっては統合されていたりします。こうした統合によって、パブリック・クレジットのアナリストはセクターに関する深い専門知識を、プライベート・クレジットのアナリストは仕組みやコベナンツ、信用契約などの専門知識を提供するなど、互いのスキルセットが補完し合う協働が強化されます。これらの能力を合わせることによって、より総合的な引き受けを行い、幅広くクレジットの中から相対価値を評価することが可能となるのです。
6年前には投資チーム全体で6名しかいなかったのが、今では50人体制となり、人員数は増え続けています。これは各アセットクラスの中で今まで以上に専門知識を持たねばならなくなった結果です。”
• 機能の統合: 組織図以外にも機関投資家は社内のポートフォリオ管理体制を再編して、非流動的な資産から非常に流動性の高い資産まで、より確かな情報に基づいた意思決定をいち早く行えるように適応しています。例えば、NuveenのEQuilibrium調査では、チームが投資ミーティングを行うペースを増やし、キャッシュフローの調整を改善していることが明らかになっています。
• 資産運用会社の評価: 取引が複雑さを増し、借り手の多様化が進む中、機関投資家は厳格な引き受け基準と柔軟性のある取引執行を重視するようになっています。今日の資産運用会社には、資産の選別とタイミングに俊敏に行動するというだけでなく、いつでも取引執行できる俊敏さも必要とされています。つまり、迅速かつ正確に取引を見つけ、分析し、投資する俊敏さです。そのためには、さまざまな取引構造に通じた引き受けの専門知識に加え、パブリックとプライベート双方の保有資産の運用成績を総合的に報告するためのテクノロジー、真に部門横断的な投資チームが必要です。
設計から構築まで
パブリック市場とプライベート市場との境界が曖昧になるにつれ、成功するには投資機会へのアクセスだけでなく、さまざまな構造、チーム、戦略がある中で決断力をもって行動することが重要になってくるでしょう。
マクロ経済動向から借り手の行動、規制の変化と収斂まで、機関投資家にとってクレジット市場を変貌させている要因を理解するには新たなアプローチが不可欠です。実際に機関投資家はそれぞれ個別の戦略で運用するのでなく、総合的で俊敏なアプローチを採用してクレジット投資を行うべきです。
リラティブ・バリュー、仕組み、流動性に基づいてパブリックとプライベート・エクスポージャーの双方を活用できる動的なプラットフォームを構築することが、安定したインカム・ゲインとアウト・パフォーマンスを求める投資家の需要に応えられるかどうかの決定要因となるでしょう。そのためには、資産配分を見直すだけでは不十分です。チームの統合や総合的なリスク・フレームワーク、標準化、システムとガバナンス・プロセスの近代化など、組織的な変更を行って効果的な投資判断を行えるようにしなくてはなりません。こうした新たなアプローチを受け入れることができれば、不確実な環境を乗り切って新たな投資機会を手にすることができるでしょう。
オフィス
文書末注
1 ブルームバーグ
2 日本銀行、2025年1月24日
3 プレキン(2024年11月現在)
4 モーニングスター